子どもの「貧困」は自己責任か

厚生労働省によると、日本における子どもの貧困率は16.3%(14年)で、過去最高だ。実数換算すると約230万人。ひとり親など大人がひとりの家庭にかぎると54.6%と、先進国でも最悪の水準だ。なかでも深刻なのは母子家庭だ。母子家庭になる原因は離婚で(3組に1組が離婚している)、養育費が支払われているのは約2割。8割の母親は働いているが、同居親族を含めても年間世帯収入は平均290万円余りだ。

ここでいう「貧困率」とは”世帯収入から国民一人ひとりの取得を子どもを含め試算、順に並べたとき、まん中の人の収入の半分以下の人の割合”を示す。


貧困が子どもたちに及ぼす影響はおおきい。

子どもたちの育ちや能力、可能性を阻害する貧困の要素は①不十分な衣食住、②孤独、排除、③不安感、不信感、④低い自己評価、⑤虐待、ネグレクト(育児放棄)、⑥文化的体験・環境の欠如、⑦低学力などが挙げられる。


貧困には実に多くの問題がふくまれる。
労働における女性の位置、賃金体系のありかた、長時間労働、子育て中の女性の働きかたなどは母子家庭の貧困に直結している。それは女性だけの問題ではなく、非正規雇用の増加、障害や虐待などがからむケースもおおい。また離婚後の子育てを母親が担うケースが多いことや、離婚したあとの養育費の未払いなどを目にすると、日本の家族観や男女観の影響も議論すべきだ。

またひとりの子どもの養育に最低限必要な費用を誰がどう保障すべきか、議論を置き去りにしてはいけない。
行政の予算は無尽蔵にない。そのなかで、誰がなにを担い、公的資金はどこを手厚くすべきか、民間や個人ができる支援はどんなものか。本当の意味で自己責任が問われる部分はどこか、細かく見直しが必要だ。

子どもの貧困はわたしたちの想像を超える。
孤独や無力感のなかでいきる子どもたち。
その育ちゆえに閉ざされた道を拓くために、大人が、社会が、国ができることはなにか。

日本の「もうひとつの現実」である。

しらいし

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