米国の貧困と 金融アクセスの現状 - RIKU Shiraishi

 

かつて米国は“アメリカン・ドリーム”に象徴される機会均等のチャンスにあふれる国,中流階層が多くを占める豊かな国というイメージがあった。が,それらは幻想化して,ウォール街では1%の富裕層に対して“We are the 99%”のスローガンを掲げてデモが起こるなど,人々の意識や実生活に大きな変化が顕著に表れている。さらに貧困ライン以下で生活する貧困層は基本的な財やサービスに限定的にしかアクセスできないことが多い。しかし本来は所得が低かったり,取得が不定期で予測できない貧困層こそ,金融へのアクセスが必要とされている。これらを踏まえ米国における貧困の現状と金融アクセスを考察する。

 

米国における貧困の現状 -人種・性別別の分析

 

 米国国税調査局では,毎年,家族の人数に応じて貧困ラインを定義している。2012年は,世帯年収が1人家族で11,720米ドル(以下$と表記),4人家族で$18,284以下の世帯が貧困と定義されている。同局の統計によれば,2012年における米国の貧困者数は4,650万人,貧困率は15%である。つまり7人に1人が貧困層に位置する計算である。

 この貧困の状況を人種別に見ると,全人口の60%強を占める非ヒスパニック系白人の貧困率が9.5%で,黒人は27.5%,アジア系は11.7%,ヒスパニック系は25.6%である。

 また男女別年齢別に見ると,どの年齢層でも男性より女性の貧困率が高く,また18歳未満の子どもの貧困率は21.8%と,他のいずれの年齢層よりも高い。これはオバマ大統領が2014年の一般演説で言及したように,男女に所得差があり女性は男性の77%の平均所得しか得ていないことも密接に関係している。

 

米国における貧困の現状 –歴史的分析

 

 1981年に就任した第40代ロナルド・レーガン大統領が打ち出した経済政策と一連の影響“レーガノミクス”が経済的格差を拡大する要因になったと言われている。“レーガノミクス”とは,レーガン政権から2001年のブッシュ政権発足に至るまでの高額所得者への累進課税税率を緩和し富裕層への減税を推進した税制改革である。その主軸は社会保障費の削減と軍事費の拡大を通して「小さな政府」を目指し,さらに減税を推し進めた。特に法人税は,それまで46%であったが,最大税率を26%にまで引き下げている。さらに特徴的なのは広範な分野での「規制緩和」である。これにより社会保障費の削減との相乗効果により,社会保障の民営化が進行する。これらは企業にとって,またはその株主にとり有利なものであり,中下層にとり不利益なものであった。

 

米国における社会保障の現状 –行政による

 

 米国においては貧困層支援のためにセーフティネットとして連邦・州政府による社会保障プログラムが存在する。失業手当給与金制度,子どものいる貧困世帯に支給される現金援助である貧困家庭向一時援助金プログラム(Tempary Assistance For Needy Families; TANF),州が運営する低所得者向けの医療費補助制度であるメディケイド(Medicaid)その他,住宅支援や退役軍人手当,婦人児童向け栄養強化計画,援助的栄養支援プログラムなどがある。2010年において5,000万人以上がメディケイドの対象であり,そのうち1,000万人が失業手当を受給している。これらの社会保障プログラムがなければ貧困率は26%強になっていたと推計されている。

 

米国における社会保障の現状 –慈善団体による

 

 米国には約140万の慈善団体がある。米国は世界で最も非営利セクターが発達している国である。慈善団体への寄付額は2010年に$2,909億を超え,国内総生産の2%に上る。また寄付を受ける慈善事業のタイプは宗教団体が最も多く35%,以下教育機関14%,財団11%,福祉関係9%,保険関係8%と続いているが,その半数以上が米国国内での貧困削減に使われている。

 

米国における社会保障の現状 –営利ノンバンクによる

 

 米国では銀行等の金融サービスにアクセスできなくても代替的な金融手段としてペイデイ(Payday)またはペイデイローンと呼ばれる給与担保金融業者を利用することが一般的である。つまり,次回もらう給与を担保にして,貸付を実行する短期的な小口ローンである。返金期間は2週間後(米国では月2回,給与支払がされるのが通常であるから)とされることが多い。しかし数100%(年利換算)にもなる途方もない高金利や高手数料を取られ,多重債務や返金不能で自己破産に陥ってしまうことも珍しくない。このような営利ノンバンクには質屋,レンタル店,中古車ローン業者などを含めた広範な業者が参入している。

 大規模な業者としてはウォルマート・マネーセンターZがあげられる。ウォルマートは全米・世界最大のスーパーマーケット・チェーンで,売上高も世界トップクラスであるが,金融業にも参入している。毎年$300億ほどの小切手を現金化しており,2007年には前払いデビットカードのサービスを始めている。

 

 

 貧困・格差という大きな社会問題に直面する米国において,金融排除された貧困層の貧困脱却や社会的包摂を支援することが必要である。次に米国の金融サービスへのアクセスについて分析したい。

 

金融アクセスの現状

 

 通常金融とは,所得が十分な時には貯蓄し,所得が十分でない時に借金するなど支出の平準化のために重要なものである。しかし,失業や病気・怪我に対応する力が不十分な貧困層にとってこそ保険や送金などの金融サービスが重要視されるが,担保の有無やクレジット・ヒストリー(信用履歴)により,銀行口座を開設できない,または維持できないことが多い。

 米預金保険公社(FDIC)によれば,米国では28.3%の世帯が銀行口座を持たず,金融サービスから排除されている。彼らは全く受けられない「アンバンクト(unbanked)」不十分にしか受けられない「アンダーバンクト(underbanked)」2分類され,それぞれ全人口のうち8.2%と20.1%を占めている。この数字も人種別により異なり,黒人世帯の半分以上の55.3%が銀行口座を持たない。さらに,母子家庭を含む未婚女性世帯では48.6%に上っている。

 米国の銀行は日本とは大きく異なり,口座残高を一定金額以上保持しないと口座維持管理手数料を課せられることが多いために貧困層にとって銀行口座を開設して維持することは便益と比較し負担が大きい。

 通常の金融サービスにアクセスできないと,前途のペイデイなどの高利子・高手数料の金融サービスに頼らざるを得なくなる人が多いのが現状である。

 

おわりに –日本の現状

 

 貧困・格差問題が避けて通れない段階に達しているのは米国だけではなく日本もそうである。日本においても生活困窮者に対する最後のセーフティネットである生活保護の受給者は2011年で206万人を超える。しかも日本においては,生活保護の捕捉率は極めて低く,生存権以下の貧困層が適切な給与を受けられていないことが懸念される。厚生労働省の2012年には捕捉率は30%ほどと言われ,つまり372万世帯,505万人が生活保護基準以下の生活をしているにもかかわらず,受給していないことになる。

 2009年厚生労働省は初めて貧困ラインを発表した。それによればラインは等価可処分の中央値の半分で2009年では年収112万円がラインとされる。それに基づく厚生労働省「平成22年国民生活基礎調査」によると,貧困率は16.0%となり,国民の六人に1人が貧困ライン以下の貧困状態で暮らしていることになる。

 

 日本は少子高齢社会を迎え,このような貧困・格差問題も抱えている。2020年の東京五輪を機に景気回復がされると楽観視されているが,さらなる包摂,包括的な政策と社会的な流れを作っていく必要があるだろう。

 

(注)

  1. 堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』岩波新書,2008年
  2. S Census Bureau (https://www.census.gov/)  2017年11月24日
  1. ウィリアム・ ニスカネン (著), 香西 泰 (翻訳) 『レーガノミックスアメリカを変えた3000日』,日本経済新聞社,1989年
  1. The United States Social Security Administration (https://www.ssa.gov/)  2017年11月24日
  2. The Chronicle of Philanthropy (https://www.philanthropy.com/)  2017年11月24日
  3. Walmart Money Center (https://www.walmart.com/cp/walmart-money-center/5433) 2017年11月24日
  4. Federal Deposit Insurance Corporation (https://www.fdic.gov/)    2017年11月24日  
  5. 櫛田久代 『豊かな国における貧困問題』
  6. 朝日新聞取材班『子どもと貧困』,朝日新聞出版,2016年
  7. 厚生労働省『平成22年国民生活基礎調査
  8. 菅正広『構想 グラミン日本』,明石書店,2014年
  9. 小林立明『米国における金融包摂政策の展開』