飲食店経営のいろは

 

 

ここ2年間ほど、ある飲食店(都内・レストラン)をみている。また別の仕事では製造業(中小・日本企業)を中心として海外展開支援をみている。どちらもある一定の距離感をもって(経営には直接的には関与しない)、ただ概観している。と同時に、経営理論や組織論を中心として様々な事柄について学ぶ機会をいただいた。ある意味これら2つをケーススタディとして「あー、この理論は、こういう意味なのか」「組織のカタチはこうだな」と学ぶコンテンツとしてきた。それが「こうしたほうがいいのに」と第3者的に思料できるようになってきた。書き記しておきたい。こんかいは「飲食店経営のいろは」として、根拠なくだらだらと書き連ねる。

 

まず飲食店の経営は難しい。なぜかといえば、

1)合理的な判断をしない個人が顧客であるから、

2)満足度が量的(数字)ではなく質的(「おいしい」などの感情)であるから、

3)比較的、差別化戦略が容易であるから、

4)労働集約型(ひとがいなければ立ち行かない)であるから、

5)その他不利な経済・社会動向であるから、

以上5点が思いつく。

 

それぞれの解決策は、

1)と2)「かんじょう(勘定、感情)」に訴えかけるマーケティング

3)徹底的な調査による差別化

4)メリハリのある選択と集中と筋肉質な組織づくり

5)機会を逃さず、強みを生かすアンテナ

であろうか。

 

以下詳細を書き示したい。

 

 現状把握を2点、解決策のためのポイントを4点あげている。

 

 

そもそも飲食店とはなにか、その現状をまとめる。

 

まず飲食店はサービス業でありつつ製造業的な要素もある。つまり材料を仕入れ、加工し、製品化する(まさに製造業)。それを顧客に届けそれに対する対価をもらう(まさにサービス業)である。その提供から反応までのリードタイムが短く、「お客様を喜ぶところ」を見ることができるのが、飲食店の特長であるといえる。

 

その実態は労働集約型である。つまり機械ではなくひとのほうが比重の高くなる産業であり、売上に対するコストは実は「人件費」が多くを占める。しかし先ほども申し上げた通り「製造業」的側面ももつため、野菜や果物、その他料理機器などの「仕入原価(売上原価)」も必要である。さらに商売をする場としての「固定費(家賃、光熱費等)」も必要だ。

それらすべてにおいて価格が上昇している傾向がある。東京都における最低賃金は年々上昇(2000年で627円(現在価値に換算)、現在では1000円を超えた)し、野菜や果物の消費者物価指数は年々上昇した(IMF2019、農林水産省2019)。地価も上昇し、電気料金は東日本大震災以降、急上昇した。

 

にもかかわらず、消費者物価指数(生鮮食品を除く)は2000年以降横ばいであり、消費者の収入に対する食費の割合を示すエンゲル係数は、2000年以降横ばいが続き、2010年以降急上昇した(総務省2017「労働力調査」)。

 

つまり売上は下がる傾向にあるにもかかわらず費用はかさみ、経営は難しいという経済・社会状況であることは明白であろう。

 

経営者と顧客の認識差異(独りよがりな経営者と非合理的な顧客)

 

さらに飲食店は「差別化しやすい」傾向にあるといえる。例えばオリーブオイルを変えただけで差別化されたと経営者は思うかもしれないが、顧客にはその違いが分かることはあまりない。であるから経営者は「うちの店は他とは違う」と胸を張って販売促進を行うが、それを理解する顧客は少ない。そのため「経営者にとって差別化しやすいが、顧客には伝わらない」。

 

経営者は、「この地区でこんなにもおいしいカクテルを提供するレストランは他にない。だからおいしいカクテルを嗜みたい顧客はここを訪れるだろう。」と楽観的になりがちである。

経営者はしばしば「自身の好みが世間の好み」であると考える。いっぽ引いて「この地区においしいカクテルをのみたい顧客は存在するのか」「そもそもおいしいカクテルはなにか」と考えることすらできなくなるのだ。

 

顧客が強い意志をもち「この地区にいて」「おいしいカクテルを嗜みたい」ことはほとんどない。往々にして顧客がレストランを選ぶ基準は「おいしそうにみえるか」と「たまたまその地区にある」「自身の予算以内」という曖昧で不明確である。このように経営者と顧客の間には大きな認識の差異が生じている。

 

以上この2点が実情であろう。

 

答えになるかはわからないが以下解決案に一歩近づくポイントを4つ挙げたい。

 

「かんじょう(勘定、感情)」に訴えかけるマーケティング

 

顧客がレストランを選ぶ基準は「おいしそうにみえるか」「たまたまその地区にある」「自身の予算以内」である。ポイントは「期待値」「偶然性(必然性)」「経済性」である。

 

顧客が満足するのは期待を上回った場合のみである。期待はどのように構成されているかというと、実は「価格」「写真」「雰囲気」などである。

1000円のものを食べるとすれば、これから提供される食事は1000円の価値があると期待する。その期待を高めるのはメニューに載る写真だ。美味しそうに写っていればいるほど、きっとそんな綺麗に盛り付けされた食事にありつけるのだろうと期待する。さらに食事をする空気感も重要である。洒落た音楽に綺麗な内装は期待を高める。その期待に対して実際のものが下回れば、がっかりするし、上回れば満足する。飲食店経営における期待値はこのような恐さをはらんでいる。

 

さらに食べたい食事にありつけそうなレストランをたまたま見つけることがある。吸い込まれるように入店するが、実はこれすらも戦略に落とし込める。温泉上がりの自動販売機に牛乳やビールがあるのは、それが売れるからだ。「風呂上りにはこれらが飲みたいだろう」と非合理的な顧客の動きから法則性を見出し、効果的に販売促進するのが戦略といえる。

 

最後はやはりカネの話である。年収200万円のひとが日常的に5万円のディナーをすることはほとんどないだろう。であるからこの面においては、顧客はかなり経済的に合理性をもって判断をする。

 

「期待値」「偶然性」は質的であり数字に落とし込むのは難しい。つまり「感情によるもの」である。しかし「経済性」については徹底的に合理的であるため、「勘定によるもの」であるといえる(損得勘定やカネ勘定)。

 

この2つにマッチするように推定する顧客のターゲティングとプロモーション、を行う必要がある。

 

 

徹底的な調査による差別化

 

「かんじょう(感情、勘定)」に訴えかけるマーケティング戦略を実施することのみでは、顧客には選ばれない。マーケティング戦略では「マーケティングミックス」といわれる4P、つまり製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、販促(Promotion)が議題になる。

 

しかし飲食店は差別化が容易であり、参入障壁も低い(誰もが始められる)。であるから小規模商店が乱立しており、不明確な顧客の動きを理解し正当なマーケティング戦略を実施しても、「同じ場所に、同じ商品が、同じ価格で売られ、同じ販売促進をしている」ということが多々ある

経営者は、あまりにも細分化することで「他とは違う」という。例を挙げれば、「このビルのこのフロアにはフレンチはないからすでに差別化されている」というものである。が、顧客はこのビルだけに存在するわけではないし同じ商業ビルが周辺にあり移動が容易なら顧客は移動する。であるからある一定の規模感をもって積極的に販売促進することが重要である。

 

そのときに必要なのは「差別化戦略」である。「このビル」から「このエリア」、「フレンチ」から「ワインが飲めるような食事」と視座を高くしその内部で差別化を図るべきである。つまり「このエリア」では「正統なブルゴーニュワインを取り揃え、正統派なフレンチの前菜の提供する。が、なんと椅子がなく立飲み。」という店は、ないかもしれない。差別化戦略には「なのに」「なんと」という逆説がうまく働く。なぜならば重々申し上げているが顧客は非合理的で不明確な判断をするからである。時として「ちょっと面白そう」が勝つ場合もある。

 

ともあれ、他の飲食店との違いを明確にしつつ、差別化戦略を実施するのは捉えられる市場の拡大と顧客の呼び寄せという観点だけからみても重要である。実に生命線であるといえる。

 

メリハリのある選択と集中と筋肉質な組織づくり

 

ではどのような差別化を図るべきなのか。それは飲食店がもつ「軸」を十分に生かすことである。そのときに重要になるのは経営理念である。経営理念とは「なぜ我々はこのレストランをやっているのか」という本質的な問いであり(まぁ金儲けだろうが)、それが軸である。(それがないのは、あまりにも経営センスがないので除外する。)その軸を伸ばし(選択)、経営理念を達成させることに集中するのが「経営のいろは」である。

 

経営者と管理者、作業者には大きな役割に違いがある。

経営者(オーナー)は抽象的な目的をもって、中長期的な決定をする(この素晴らしいワインを世界に伝えたい、を数年の単位で戦略を構築する。)

管理者(店長)は的確な目標をもって、短期的な決定をする。(今月の売上高100万円、サラダのドレッシングを和風からゴマに変えよう)

作業者(現場で働くひと)はその場的な決定をする。(顧客の要望に応える)

 

それぞれが重なり合うこともあるが、以上のことは基本的には変化しない。それぞれの意思決定が下におり、それぞれの責任が上に行く。どのような飲食店でも経営者の役割は必要であり、管理者、作業者の役割を必要としている。であるために、経営者は経営者の役割に集中し、管理者は管理者の仕事に集中すべきである。それを組織的になすためには、1)権限の拡大、2)責任所在の明確化、が重要だ。

 

中長期的な戦略を構築する経営者が、サラダのドレッシングについて考えるのは効率的ではない。さらに現場のことを理解しない経営者が口出しするのは、現場からの反感を買う。そのために月別売上や商品の微調整などの意思決定は管理者に譲渡するのがよい。経営者は自身のすべき仕事に注力でき、現場のことを理解した管理者が決定するため、顧客の反応が反映される。双方にとっていいのだ。

 

さらに権限拡大にともなって責任所在も変化する。管理者の決定には管理者と経営者が責任を有し、作業者の決定には作業者と管理者が責任を有する。つまり、実際に意思決定をしたものと、その権限を譲渡したものが、責任を有する。

 

機会を逃さず、強みを生かすアンテナ

 

トレンドや流行はアンテナがないと認知されない。トレンドにさっと食いつくのではなく、「軸」との組み合わせを考慮したり「差別化」を図ったりするべきだ。

 

近頃(でもないか)コーヒーショップのドトールが「ホットタピオカ」の販売を始めたが、これが良い例だ。トレンドはいうまでもなく「タピオカ」であったし、それまでは冷たい飲み物であったが、冬になり温かい飲み物がのみたいという当然の流れをいち早く捉え、実施した。いま思えば誰でもできそうであるが、あの素早さには脱帽だった。

 

社会の流れをしっかりと理解しておくのは、経営者にとって当然のことである。東京2020もあり、外国人旅行者が増えた。だから英語メニューを充実させよう。だからベジタリアンメニューを設けよう。であるとか、この手の簡単な戦略もある。

 

以上の4点が飲食店経営にとって重要なポイントであるといえる。

 

本稿では、売上高に対する食材費および人件費の割合(FL比)とかいう経営指標、ソフト面での人間関係(取引先、顧客、従業員間)についてはまったく言及しなかった。それぞれの飲食店に違いがあり、それぞれに答えがあるからだ。

 

経営指標について少し書けば(かなり要約している。)

「売上=顧客数×単価×リピート率」で計算でき、

「利益=売上-変動費(売上原価+人件費)―固定費(家賃+機械)」で算出される。

 

組織のなかにいると、このようなことを思料することすらできなくなるのが世の常である。経営のプロである経営コンサルタントコンサルタント業で起業すると失敗しがちなのは、そのためである。

 

しかし、組織のなかにいながら、統合的に経営について考えることはwin-winな関係を生み出す。考えない手はない。