アマゾンの情報戦略と顧客目線の経営哲学

 

2000年から日本においてサービスを開始した「Amazon.co.jp」は,今や世界最大級の小売業として,人々のライフスタイルを大きく変革させてきた。「個人情報」については保護と活用のバランスが重要であり,日本ではその「活用」という面で意識が低く競争力が阻害している現状がある。アマゾンが収集する「個人情報」がいかに「活用」され,我々の生活を豊かにしているのか,もしくは保護されず,危険にさらされているのかの考察したい。

 

eコマースと個人情報

 

eコマースとは,Electronic Commerce(電子商取引)を意味し,インターネットでさまざまな商品やサービスを売買することを意味する。またeコマースにおいては,支払い方法や配達が必要であることから,クレジットカード情報や住所などの基本的な個人情報から,それを超えて販売履歴やその特徴なども個人情報といえる。よってeコマース業界においては個人情報の「保護」は当然重要である。

しかし,それを「活用」もすべきである。Eコマースを通じて獲得した「購買履歴」を解析,一人ひとりに適切なリコメンデーションを行い,売り上げを最大化しようと試みている。それは顧客にとっても大きなメリットがあり,これまで知り得なかったが興味を持ちそうなものに出会える感動や,それをすぐに手にできる便利さなどがある。

このようなビックデータの解析に関しての目的は決して個人を特定することではなく,あくまで顧客一人ひとりのニーズをきめ細かく把握することであるべきである。

 

アマゾンとeコーマス業界

 経済産業省による報告書「平成 28 年度 我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)」によると,(B -C)EC化率は2016年においては5.43%である。つまり,消費者を相手とする売買のうち5.43%は電気商取引でなされていることを示している。

 

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引用:平成 28 年度 我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)

 

 また,ECのミカタによると2015年におけるeコーマスサイトのランキングは下記の表のようになっており,アマゾン一強である。

 

1位

アマゾン(日本事業)

amazon.co.jp

930,000

2位

ヨドバシカメラ

ヨドバシ.com  

79,000

3位

千趣会

ベルメゾンネット

77,479

4位

ディノス・セシール

ディノスセシール、イマージュネット

57,069

5位

デル

DELL

55,000

5位

上新電機

Joshin ネットショッピング

55,000

5位

楽天

楽天ブックス、Stylife /

55,000

単位:百万円  筆者作成

 

 さらにeコマースにおける決算方法については総務省による報告書「平成27年度 通信利用動向調査」によると,クレジットカード払いが69.2%と非常に高水準である。

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 加えて,物流業界においても大きな影響がある。Eコマースの物流では,多種にわたる商品を迅速に消費者の元へ配送することが必要となり,多頻度で,迅速な小口配送が求められる。このために,eコマース向けの物流施設には,それに対応するような設備の設置や,仕訳や配送業務に従事する大量の人員の確保に向けた労働環境の設備といった,従来の商品保管型の倉庫とは異なる専用の大規模な施設が必要である。

 

アマゾンと情報

 アマゾンはこれまでに膨大な顧客の購買データを集積している。さらには動画配信サービスを通じて動画視聴データ,音声認識端末であるアマゾン・エコーを通じては音声データ,またアマゾン・ルックでは画像データも集積している。これらは顧客に対するリコメンデーション,また顧客のプロファイリングにおいて驚異的な威力を発揮している。

 アマゾンはそのサイトにおいて適切な「リコメンデーション」を行い,サイト内の行動履歴やクリック率からサイト環境を改善するなど,ビックデータを徹底的に活用している。 

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筆者作成:購買心理の過程(購入するまでを抜粋)とバイアス

 

 アマゾンは「新しい小売業」として実店舗とは全く異なる戦略を取っている。

 まずサイト自体が見つかりやすいという点である。何か欲しいものを検索すると,直接アマゾンのアクセスせずに,商品ページがヒットする。これにより「アマゾンにたどり着けない」ということはほとんど無くなる。

 次にサイトのデザインが見やすいことである。どこに何があるかわかりやすいこと,再検索しやすいこと,選びやすいこと,さらに購入しやすいこと。顧客の利便性においても,売上を向上させるためにも革新的で,商品の購入家庭までノンストレスなデザインになっている。

 

アマゾンの知的財産権戦略

  アマゾン特許戦略は,特許を通じて他企業を封じ込める戦略をとっている。アマゾンは「ワ ン・クリック・ショッピング」の特許を利用して,大手書籍販売チェーンバーンズ・アンド・ノーブル社のオンライン書店であるライバル企業,バーンズ・アンド・ノーブル・ドットコムに対して,特許権侵害の訴訟を起こし、バ ーンズ・アンド・ノーブル・ドットコムがオンラインで提供している類似サービスの差し止めに成功している。

 1999 年,急激な成長を続けるインターネットによる商品販売業界の中でもその先頭を切るアマゾン・ドット コム社が,ネットによる注文方式に関する基本特許を獲得した(世界で初と言われている)。

 ネット販売においては商品を注文する側の顧客コンピュータと,注文を受けるサーバー・システムが交信 する。顧客はスクリーンに掲示された商品の中から,選択した商品の番号を指定して注文する。複数の商品を注文する場合は次々に商品を指定することが可能である。商品の指定を終えた顧客は,住所の他クレジットカードの番号を記載して注文を完了する。その手順はちょうどスーパーマーケットでショ ッピング・カートに商品を積み込み,最後にレジで精算する日常の買い物に似ている。そこでこの方式は,ショッピング・カート方式と呼ばれる。この種のネット販売はアマゾン以前から公知の方式であり,新規性が認められず,特許の対象になりえないはずである。だが顧客は注文のたびに,自分のデータを,コンピュータを介してサーバー・システムに送らなければならない。特にクレジットカード番号を開示するには、ある種のためらいがある。インターネットによる情報の送達は、複数のコンピュータを介して行われる。そこにはどんなワナが隠さ れているか分からない。情報をコード化することにより,秘密を保持する方法も知られている。だが,コード 化したとしても,一流のハッカーにかかれば解読は可能であり,リスクを完全に解消することは期待できない。 その上手続きが複雑化し,一般の顧客にとっては不便極まりない。

 アマゾンは、顧客の立場からこの問題に取り組んだ。アマゾンの特許のポイントは2つある。

 第1に,初回の注文者のみが氏名,住所,クレジット・カード番号等を登録することによって,特定の識別記号を与えら れる。2回目からはこの識別記号を記入するだけで,他の情報は一切不要となる。

 第2に,注文に際しては,必要な商品を特定するために,マウス・ボタンを1 回クリックするだけで他の操作は不要である。つまり,アマゾン方式に依れば,クレジットカード等個人的情報の漏洩を最小限に抑え,かつ注文に際してのコンピ ュータの操作は,ボタンを1回押すだけで完了する。従来のネット販売には、少なくとも5回のボタン操作が必要であったことと比べると,操作は単純極まる。

 このため、アマゾンの注文方式は、ショッピング・カート方 式と対比してワン・クリック方式と呼ばれる。 このワン・クリック方式は,リピーターが文字通りマウスを 1 回クリックするだけで発注できるという機能でイ ンターネットのショッピング体験に一つの価値を付け加える大変斬新なアイディアである。

 

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特許番号(US5960411)1998年,米国https://patents.google.com/patent/US5960411A/en

 

 

アマゾンの経営哲学 

 アマゾンCEOジェフ・ベソス氏は「顧客は常に正しい」を理念として,アマゾンの企業コンセプトも「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」としている。

アマゾンのマーケティング4Pにおいても,この「顧客第一主義」が反映されている。

 

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出典:マーケティング (New Liberal Arts Selection) 有斐閣,2010年 

 

「製品」に関しては「お客様にとっての価値」を加えており,アマゾンが提供する顧客価値とは,たんに商品・サービスの提供を意味するのではなく,顧客が持つより高次のニーズをきちんと把握し,多くの場合にはそのニーズが顕在化する前のインサイトまで耳を傾け,顧客の経験の価値まで含んでいる。

 「価格」に関しては「コスト」を加えている。単に顧客が支払う価格だけでなく,メンテナンスコストを含めた生涯にわたって支払うコスト全てを指している。

 「流通チャネル」には「利便性」を加えている。アマゾンの都合だけでなく,顧客の状況などを考慮した上で利便性を重視している。

 「プロモーション」には「コミュニケーション」を加えている。顧客は「レビュー」を書くことができ,双方向のコミュニケーションが成立している。

 

終わりに

アマゾンはビックデータと知的財産権を経営哲学である「顧客第一主義」に当てはめている。

個人情報の「保護」と「活用」のバランスの重要性を感じることができた。「活用」することで,多数のメリットがあることを見てきたが,昨今,情報漏洩の問題などがあることも忘れてはいけない。

日本における「個人情報保護法」はこのバランスをとる法であるが,「保護」を優先している。活用についても行政が推奨することも必要であると考える。

 

 

(注)

  1. 田中道昭『アマゾンが描く2022年の世界: すべての業界を震撼させる「ベゾスの大戦略」』PHPビジネス新書,2017年。
  2. 経済産業省『平成 28 年度 我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)』
  3. 総務省平成27年度 通信利用動向調査』,
  4. Google Patents (https://patents.google.com/patent/US5960411A/en) 2018年7月24日
  5. 栗原潔『アマゾンのワンクリック特許は日本でも成立しています』Yahoo! News, 2018年7月24日