電車で痴漢するひとを取っ捕まえた話

ある日東京の地下鉄に乗っていた。運良く座れてイヤホンを耳に入れゆったりとニュースを読んでいた。ふと目をあげるといつの間にかほぼ満員、目の前には30代前半と思われる女性が立っていた。
(電車を利用するひとならわかると思うが、座席の前には1人が立ち、向かい合う座席の前にも1人立つ。その間にはちょっとした隙間があって、ある程度の乗車率になるとその隙間にもう1人入り込んでくる。)
日本の電車では日常だが、あまり周囲の人びとの目を見たり、どんな行動をしているか注目することはない。無関心を貫き、自分の世界に入り込んでいる。


そのときは異様で、目の前の女性がジーっと私の目を見ていた。私は少し疑ったような表情になったと思うが、それでも彼女は目を逸らそうとしなかった。ますます異様だと思い、目を合わせてみると、彼女は1度、ゆっくりと向かって右下に視線を落として、私の目に帰ってきた。おおよそ「右下を見てください」という意味だと考え、見てみると特に異常はない。


勘づいた。きっと彼女は痴漢にあっていて目で訴えてきているのだ、と。しかし誰が犯人かもわからず、彼女の勘違いかもしれない。まずは犯行の現場をこの目で確認しないと、どんな行動も出来ないと思った。
彼女にしっかりと目を合わせてゆっくりと頷いてみせた。平然を装いながら数十秒経つと、彼女が私の靴の爪先を軽く踏んだ。そのときに彼女の左太ももあたりには、明らかに男性の手が這っていた。ちょうど駅に着いた。今しかないなと冷静に考え、スッと立ち上がって、その男性の手を掴んで車外へ連れ出した。同時に被害を受けた女性には「着いてきてください」と言って、その男性には「無様でした」と言った。


大声を出して騒ぎにすることも考えたが、痴漢犯はともかく、被害を受けたかたを「このひとは痴漢を受けたひと」と周囲に公表することに直感的な躊躇いがあって控えた。連れ出すときに抵抗されたら、そうすることも検討したが、そうならずに済んだ。「無様」という言葉、特に30代後半のビジネスマンが20そこそこに若者言われるのは、嫌なものだ。


連れ出してすぐに事実確認をした。「あなたは痴漢しましたね?」「きっと複数人が見ているでしょうし、繊維から指紋も採取できるでしょう」と間髪入れずに言って「認めますね?」と聞いた。言った内容に根拠はない。しかし彼を揺さぶることが目的だった。彼は「はい」と認めた。「認めますね」と再度確認して「はい」と認めた。被害を受けた女性には「安心してください」とだけ伝えて、少し距離をおいた。
幸い近くに駅員がいて説明した。駅員はすぐにどこかに連絡した。その際私は犯人の手首を放さず、荷物を回収した。逃げないようにするためだった。そのあとはホーム上で鉄道警察隊のかたと被害を受けたかた、犯人、駅員、私で事実確認をした。私はジーっと犯人のことを冷めた目でみた。

 

まず捕まえることができて良かった。しかしすでに被害は発生していて、取り返しのつかない精神的なダメージを彼女が負っていることを忘れちゃならない。
難しいポイントは複数個あった。まとめたい。


1)確保するという行動を移すために、確認する必要があったこと。そのため被害を受けたかたには追加的に精神的ダメージを負わせてしまった。


2)もし認めなかったら、どうなっていたか分からないこと。暴れられたら状況は変わっていた。そのために冷静に戦略を練ったが、これが最善とは思わない。


3)ほかの乗客が無関心だったこと。生々しいが犯行は大胆だったし、周りのひとは理解していたと思う。しかしながら、想像でしかないが、行動は伴わず、そっとスマホへ目を落としていた。この無関心の表明は、犯行を黙認したとも理解できる。少なくとも私はその事態に幻滅した。


4)最後は自分に対してだが、経験するまで、単に「声を出して捕まえたらいい」と思い込んでいた。捕まえることしかできない私ですら、冷静になって考え行動する必要があったのに、きっと痴漢にあったかたは、「それどころではない」だろう。想像力の欠乏によって不適切で身勝手な考えをしてていた。改めなければならない。


痴漢に限らず性犯罪の多くは女性が被害者であることが多い。なぜなら生物学的な男女の区別では、ほとんどの場合、女性の力では男性には敵わないためである。その相手が男性であることが、「張り合っても敵わない」と肉体的な圧力にもなり得る。加えて精神的なダメージを受けるため、そのダメージは計り知れない。


卑劣で卑怯な犯行は決して許してはならない。どうすればこの事態を改善でき、構造を改良できるだろうか。考えを巡らせている。


しらいし

 

白石陸(riku.s@zoho.com)までご意見を頂戴したい。